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鹿児島地方裁判所 平成4年(ワ)819号 判決

原告

甲野一郎(仮名)(X)

右訴訟代理人弁護士

渡辺千古

井之脇寿一

寺崎昭義

武田博孝

水永誠二

南木武輝

町田正男

林千春

西澤圭助

永見寿実

北沢孜

栃木義弘

三角秀一

濱田英敏

三角恒

被告

鹿児島県(Y1)

右代表者知事

土屋佳照

右訴訟代理人弁護士

樋高学

右指定代理人

山内次男

上哲郎

川畑信夫

芝原一隆

鮫島操

上ノ園哲平

竹之内義次

谷口正則

松岡道雄

霜出幸一

西井上実

吹留一誠

上妻満夫

柏木修

櫛原啓勝

岡田陽一

被告

国(Y2)

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

岡村善郎

村口登基郎

手島奉昭

松ケ野昌勝

宮内健義

前田博

事実及び理由

第五 当裁判所の判断

一  認定事実

原告の逮捕とその後の取調べの経過等の概要は、前記当事者間に争いのない事実のとおりであるが、同事実と証拠(各項冒頭記載)によれば、さらに、次の事実が認められる。

1  原告逮捕に至る経過等

(〔証拠略〕)

(一)  水迫、米澤は、鹿児島県警察本部刑事部捜査第一課に所属し、機動捜査隊として勤務をする警察官らであり、強盗等の重要事件の初動捜査に従事し、通常は市内のパトロールをして不審者に対する職務質問や各種犯罪の予防、検挙に従事していた。

右両名は、平成四年八月二九日午後九時から同月三〇日午前二時までの通称後半勤務と呼ばれていた警ら勤務に従事し、その際、警察学校に入校して実務体験中の実務実習生である巡査磯脇仙佳、同福元宏之の二名を機動捜査隊車両(無線呼称鹿児島広域二〇六号、登録番号鹿児島五九て五七六九、以下「二〇六号車」という。)に同乗させ、市内を巡回した。右水迫らは、同月二九日午後九時ころ、市内玉里団地付近での窃盗事件の現場捜索に従事し、その後、同月三〇日午前零時五分ころ、市内宇宿三丁目付近で原付自転車の二人乗りについて職務質問をし、その職務質問カードを作成した後、さらに市内南郡元の南郡元郵便局前駐車場に放置された原付自転車について警察本部の照会センターに盗難車両の有無の照会をし、盗難車であることの確認をして領置の手続をとり、管轄派出所である南署の南港派出所まで搬送した。その後、水迫らは、右南港派出所から市内新川沿いに三和町方面に向けて機動警らに従事し、鶴ケ崎橋を左折し、さらに鴨池新町方面に向かうべく、通称給食センター前交差点に向けて進行していた。

(二)  水迫らは、本件交差点に向かっている間に同交差点信号が青色表示であることを確認し、同日午前零時三三分ころ、同交差点を左折すべく、その方向指示器を出して別紙二現場見取図<ア>点から<イ>点(以下、同図面により各点を表示する。)を進行していたが、交差点進入直前の<イ>点付近で、市道南港一号線を鴨池新町方面から交差点方向に進行してくる一人乗りの原付自転車を<1>点付近に認めた。同自転車は、<1>点からそのまま交差点<2>点へと進入したため、同交差点を左折しようと二〇六号車を運転していた水迫において、原付自転車の対面信号機の表示が赤色であることを確認し、二〇六号車が<ウ>、<エ>点へと進んで左折した<オ>点付近で同車をUターンさせたが、米澤においても原付自転車が対面信号機の赤色表示を無視して交差点に進入し、右折したのを認めており、同人において二〇六号車に備付けの赤色燈を車上に配備し、点灯させ、サイレンを吹鳴させたが、Uターンして同交差点に戻ってからは、赤色燈の点灯及びサイレンの吹鳴を止めて新栄町方面に向かい、原付自転車を追尾した。

(三)  水迫らは、前記原付自転車が前方の鶴ケ崎橋交差点付近にあるのを認め、同交差点を過ぎた時点で原付自転車に並走し、助手席の米澤において二〇六号車の窓を開けて左手を出して停止を求め、本件交差点から約三〇〇メートル離れた鹿児島市新栄町二二番二号南国建機サービス株式会社鹿児島工場横道路において同自転車を停止させた。

水迫らは、原付自転車が停止した後、二〇六号車から降車し、運転していた原告に近寄り、米澤において警察手帳を示し、運転免許証の提示を求めたが、原告は、「何の権利があるのか。これは何か。職務質問か。」と述べて提示しようとはしなかった。米澤らは、信号無視である旨を述べてその職務質問である旨の説明をしたが、原告は、「何の物的証拠があるのか。運転免許証を見せろというが、道路交通法何条に書いてあるのか。道路交通法を見せろ。答える必要はない。信号無視もしていない。」と述べて住所、氏名も明らかにしようとはしなかった。

水迫らは、原付自転車から降車するように求めたが、原告は、ヘルメットを着用し、エンジンをかけたまま応じようとしなかった。

(四)  水迫らは、原告にエンジンを切るように求めたが、原告は応じず、任意同行にも応じようとしなかったので、水迫は、信号無視違反の現行犯で逮捕する必要があると判断し、近くの公衆電話から機動捜査隊に連絡した。水迫は、機動捜査隊の当務班長の田中警部補に現場の状況と信号無視違反で現行犯逮捕する必要があると判断している旨の報告をし、同警部補から逮捕はやむを得ないが、管轄の南署に再度指揮伺いをするようにとの指示を受けて現場に引き返した。

米澤は、原告に対し、逮捕するかもしれない旨及び違反事実を認めたときは、交通反則切符の処理をすることになる旨の説明をしていたが、原告は応じず、一方、現場には野次馬らも集まり始めており、南署には現場付近で男らが揉めているとの通報がされたため、当直の指示を受けた南署のパトロールカーも到着し、同車で勤務していた同署の山下巡査も原告の説得に当たっていた。

水迫は、原告が説得に応じる状況ではないことから逮捕の決断をし、現場が南署の管轄であることから山下巡査に対し、同署の当直責任者に指揮伺いをするように求め、同巡査は、前記パトロールカーの無線機を使用して同署の当直責任者である警部福留秀三に状況を報告し、同警部は、同署交通課長らから逮捕して良いとの指示を受け、さらに山下巡査を介して水迫に対し、その旨の回答をした。

(五)  水迫は、山下巡査らからの回答により原告を逮捕することとし、「信号無視の道路交通法違反で逮捕する。」と告げ、逮捕に着手し、手錠をかけようとしたところ、原告は、運転免許証を出しますからと弁解したが、米澤において原告に手錠をかけて逮捕の手続きを進めた。

水迫らは、原付自転車、ヘルメット、運転免許証、エンジンキーを差し押さえ、米澤において運転免許証の氏名欄を確認し、「早水潤二、これは君か。」と原告に確認したが、原告は、黙秘したままであった。

(六)  水迫らは、南署のパトロールカーの後部席に両脇を前記実習生が原告を挟む形で乗車させ、同日午前一時三〇分に原告を南署に引致し、引致後、現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書等の関係書類を作成して同署交通課指導係主任の巡査部長坂口哲生に事件の引継ぎをした。

なお、右運転免許証の「住所」欄には、鹿児島市山田町二六〇二番地一一の記載がされていた。

2  南署への引致後の経過

(〔証拠略〕)

(一)  原告が南署に引致された後、山下巡査は、本部照会センターに対し、原告の犯罪経歴の有無の照会をし、該当なしの回答を受けた。また、同月三〇日午前一時五〇分ころ、同署司法巡査部長の野付政輝において、被疑事実を道交法違反(信号無視、同法七錠、四条一項、一一九条一項一号の二、同法施行令二条一項)として原告から弁解の録取をしたが、原告は、被疑事実、氏名、住所等を黙秘し、運転免許証と同一人物であるかについても回答をせず、弁護人選任権のことは知っていると述べ、「弁護人への連絡については、〇九二―五六一―七四〇〇に連絡をとって下さい。」と供述したが、弁解録取書への署名、押印も拒否したままであった。

南署では、坂口巡査部長が逮捕身柄関係の担当であったため、同人は、原告逮捕の連絡を受け、同日午前三時ころ、出勤して逮捕の状況などについての報告を受けた。また、同署の警部福田和也は、同署交通課長代理であったが、同署交通課長の警部渡邊新二に原告が被疑事実を黙秘している状況等を報告し、同課長から立証上必要な実況見分、人定捜査等の刑事手続を進めるように指示を受け、さらに坂口巡査部長に対し、実況見分の見分官となるように指示した。

(二)  同署の巡査部長濱田正弘は、同日午前九時ころ、運転免許証の住所地を管轄する南署山田駐在所に原告の在籍の有無等の電話照会をし、その結果身元は照会のとおりであり、鹿児島大学の学生であるが、ほとんど帰宅せず、その所在は不明である旨及び家族は、小学校に勤務する父親らであるが、同人らの正確な住所は不明である旨の回答を受けた。

同日午前、福田警部は、出勤して水迫らから逮捕の状況などについての報告を受け、さらに同日午前九時過ぎころ、原告が連絡先として指定した電話番号に架電し、「解放社」と名乗った相手方に対し、原告を逮捕した旨の連絡をした。右連絡先では、弁護士町田正男において、同日午後一時三〇分ころ、南署の福田警部に電話をし、同人に対し、原告逮捕の状況の説明を求めたので、同警部は、氏名等を黙秘していることを告げ、同弁護士は、「運転免許証を見たのか。運転免許証の住所には居住していないのか。」などと捜査状況等を確認し、同事務所の弁護士を鹿児島市に赴かせる旨を伝えた。同弁護士は、同じ法律事務所の永見弁護士に接見等の交渉を任せたので、同弁護士は、同日午後二時ころ、直接福田警部に電話し、最終便で鹿児島に行くので原告に面会させてくれるようにとの申し出をした。福田警部は、九時までなら接見はできるが、原告の釈放はできないとの回答をした。

同日午前一〇時五〇分から午前一一時三五分までの間、原告及び逮捕関係者の立合いの上、本件交差点等の実況見分が実施されたが、原告は、右実況見分の際も進行方向や信号機の色の状況、停止場所等についての説明を求められても「黙秘します。」と答えるのみであった。

同日午後九時ころ、永見弁護士は、鹿児島市に到着するとともに南署に赴き、原告との接見を求めたので、同時五二分から午後一〇時四二分までの間、原告との接見が行われたが、原告は、被疑事実を否認し、荒田二丁目の住居を出発直後から警察車両と見られる不審車に追尾されており、慎重に車を運転していたのであって、信号無視の事実がないとの供述をした。

永見弁護士は、当直主任の警察官らに身柄引受けをする旨の申入れをしたが、原告は釈放されないままであった。

(三)  翌三一日午前八時三〇分ころ、永見弁護士は、再度、原告と接見し、逮捕された際の状況等を聴取し、その後、福田警部に対し、留置の必要性がない旨を述べて原告の釈放を求めたが、同警部は、同日午後一時ころ送検する予定である旨を告げた。

水迫らは、押収目録を作成して原告に交付すべきであった(刑事訴訟法一二〇条)のにその手続をしてなかったところ、福田警部は、永見弁護士からこの点の抗議を受けたため、同目録の写しを作成して同弁護士に手渡した。

同日午後、坂口巡査部長は、交通管制センターに信号機の現示について照会し、鶴ケ崎橋方向から鴨池ハイム方向が青の場合は、鴨池フェリー方向から三和町方向の信号は、必ず赤である旨の回答を受け、その旨の報告書を作成した。

同日午後一時三〇分ころ、永見弁護士は、鹿児島地方検察庁を訪れて担当予定の清水検察官と面談し、原告には信号無視の事実はなく、政治目的の不当な逮捕であるとして抗議をし、身柄引受書を提出するので釈放するようにとの申入れをしたが、同日午後二時四五分、鹿児島県警は、勾留相当の意見を付けて原告を鹿児島地方検察庁に身柄付きで送致した。

3  送検後の検察官による取調べなどについて

(〔証拠略〕)

(一)  同月三一日午後四時五分、清水検察官は、原告から弁解録取をしたが、原告は、住所、氏名、及び被疑事実については黙秘し、同調書への署名押印も拒否したままであった。

検察事務官山下広文は、被疑者の人物特定のための調査をし、被疑者が鹿児島大学に在学する原告と同一人物と思料されること、原告が自治会執行委員長に就任し、デモ等に参加している活動家であること及び野付巡査部長の弁解録取の際に原告の申し出た連絡先の電話番号が解放社九州支社(革マル派事務所)であることなどを内容とする報告書を作成した。

福田警部は、清水検察官の指示により原告の身元確認のために、鹿児島県川辺郡坊津町泊に居住していたその両親である父早水實俊、母敏子に連絡し、同人らは、同日午後七時ころ、鹿児島市内の南署に赴いて同警部に会うとともに被拘束者が原告であることの確認をした。福田警部は、右實俊らからも事情を聴取したが、同人は、原告の生活状況等について、鹿児島大学入学当時は山田町の姉らの所に同居していたものの、入学一年経過後からは一人で市内のアパートに居住することになり、山田町にも帰ることはほとんどなく疎遠になっていた旨の供述をし、母敏子は、原告が鹿児島市荒田二丁目の有村ビルの三階に部屋を借りた旨の供述をした(同人らの供述内容等についての検討は、後記三のとおりである。)。

福田警部において、父實俊に対し、原告が事実を認めて釈放することになったときは、身柄引受書を提出してくれるか否かの確認をしたところ、實俊は、提出する旨の回答をした。

(二)  清水検察官は、被疑者につき氏名を「早水潤二と思料される者(鹿児島南警察署留置番号七二別添運転免許証の写しの写真の男)」と記載し、年齢、職業、住居不詳とし、勾留すべき監獄を鹿児島拘置支所とし、別紙四勾留請求の理由書のとおり、刑事訴訟法六〇条一項一ないし三号該当の事由があるとの意見をつけ、鹿児島地方裁判所に勾留の請求をした。

なお、永見弁護士は、同日午後四時三〇分ころ、再度清水検察官と会い、原告を釈放するようにとの申入れをしたが、同検察官は、警察官が現認したもので、被疑事実は明らかである旨の説明をした。これに対し、永見弁護士は、逮捕の現場が違反場所から離れていることなどの点を指摘して警察官らの証言は不自然で、信用できない旨を告げて反論し、身柄引受書を提出しても良い旨を告げて釈放を求めたが、同検察官は勾留請求をする旨の回答をした。

4  勾留とその後の経過について

(〔証拠略〕)

(一)  同年九月一日、一木裁判官により原告に対する勾留質問がされたが、前記のとおり、原告は、人定質問に対しても黙秘して答えなかったので、同裁判官は、勾留状を発付した。

なお、永見弁護士は、同裁判官に対しても面談を求めて逮捕留置の必要がない旨の抗議をし、原告の身柄を引き受ける旨の意思表示をした。

(二)  同月二日午後一時ころ、永見弁護士は、同僚の弁護士とともに清水検察官に面会し、釈放を要求し、同日四時ころ、清水検察官は、処分保留のまま原告を釈放した。

鹿児島地方検察庁は、原告について同月七日付けで不起訴(起訴猶予)の処分をした。

以上の事実が認められる(各証拠の評価等は、二以下で検討のとおりである)。

二  原告に逮捕の前提となる道路交通法違反の事実があったか否か。また、本件逮捕は、違法なものか否か。

1  被疑事実が意図的に捏造されたものであるとの原告の主張について

(一)  原告は、本件逮捕は、被疑事実がないのに公安警察により意図的にされた不当逮捕であって、水迫らは原告を追尾していた旨の主張をするところ、原告が鹿児島大学教養部学生自治会の執行委員長として、同大学のいわゆる学生運動のリーダー的存在であったことが認められ(〔証拠略〕)、また、原告作成の陳述書(甲一三)によれば、原告逮捕前日の平成四年八月二九日に市内の荒田で不審火が発生したことが認められる。

しかし、水迫らの警察官らにおいて原告の行き先を突き止めるべく、追尾していたとすれば、なぜ急に停止させて逮捕するとの強硬な手段に出たのかは明らかではないこととなる上、原告本人尋問の結果及び右陳述書中の「同年八月ころ、警察官らが学生運動弾圧の目的で自治会活動家らを監視し、追尾するなどし、あるいは右不審火を放火事件として活動家が関与しているかのごとき印象を与えようとしていた。」との点については、右各証拠を総合しても、同年八月ころ、原告の自治会活動状況について鹿児島県警が原告を追尾し、虚偽の事実を捏造してまで逮捕しなければならないような切迫した状況にあったとは認め難く、採用し難いところである。また、原告本人尋問の結果によれば、右不審火の程度もボヤ騒ぎ程度のものであったことが認められ、水迫、米澤各証言によれば、水迫らの同警察官はその捜査等には従事していなかったことが認められるのであるから、当初から追尾されていたとの原告の主張は、その裏付けを欠くというべきである。

(二)  これを逮捕直前の原告の進行状況との関連で検討しても、原告は、追尾されていたのでこれをかわすべく、別紙三図面のとおり進行していた旨の主張をし、本人尋問でも同旨の供述(前記陳述書も同旨)をする。

しかし、下宿先を出てからの原告の進行状況については、原告の供述のほかに何らこれを裏付ける資料はない。この点に関し、行き先である友人方の具体的な住所、同人に対する事前の連絡の有無等の事実は、原告の言い分を裏付けることとなるといえるところ、深夜の打合せとの点自体が不自然である上、原告は、友人の名前や住所等は、その後に至っても明らかにしないのであるから、その主張は、ただちには採用することができない。

(三)  一方、原告逮捕直前の水迫らの行動等をみても、同人らは、一、1、(一)のとおり、警察学校に入学したばかりの実務実習生二名と二〇六号車に同乗し、同年八月三〇日の午前零時過ぎころまで市内で窃盗の通報等を受けて巡回し、あるいは原付自転車が南郡元駐輪場に放置されていたので、盗難品か否かの照会を本部照会センターにし、南港派出所に搬送するなどしていたのであって、これらの逮捕直前の水迫らの勤務状況は、原告主張のような意図のもとに水迫らが行動していたものではないことを裏付けるものである。証人水迫、同米澤の逮捕直前の警ら活動についての各証言部分は、その細部においても一致し、盗難車処理等の事実は、多数の警察官が関与したもので、原付自転車等の物も領置されたのであって、この事実の捏造自体考えられない上、水迫、米澤各証言によれば、同人らが原告車の停止を求めた際、原告は、米澤らに対し、同人らが追尾してきた旨の抗議をすることはなかったと認められること、水迫らは、実習中であった磯脇らを同乗させていたこと、水迫証言等によれば、本件交差点に至るまでは、前記盗難車の処理後、新川沿いに下り、鶴ケ崎橋で左折して本件交差点に向かっていたというのであり、同橋から同交差点間の道路北側には、鴨池中学校等があり、南郡元方面から同道路に進入する道もないから、本件交差点に至る二〇六号車の道筋は、水迫証言等のとおりと認めるのが自然であることなどを考慮すれば、水迫らが原告と遭遇する以前に原告車を追尾し、あるいはこれを捕捉するように他から指示等を受けることはなかったと認めるのが相当である。

なお、原告本人は、取調べに当たった警察官らは原告が活動家であることを知っており、乙一六の4のいわゆる情宣ビラ等を持っていた旨の供述をする(甲一三も同旨)が、原告は、南署に引致された後の野村巡査部長に対する弁解録取の際には、福岡市内局番の電話番号を告げて連絡を求めており、翌朝の福田警部の架電に対する応対等により、取調べに当たる警察官らにも原告が活動家であることは明らかになっていたと推認されるのであり、右ビラ等を警察官らが所持していたことをもって、水迫らの警察官らが事前に情報を収集していたことの証左であるとはいえない。

(四)  以上のとおりであって、原告が活動家であることを知りながら、水迫らが追尾していたとの原告の主張は、採用することができない。

2  水迫らによる信号無視の現認状況について

(一)  証人水迫、同米澤の原告車の信号無視に関する各証言部分は、具体的で、かつ相互に一致しており、信用できるといわねばならない。水迫証人らは、本件交差点を左折していたときに原告車が右折してきた旨の証言をし、本件交差点に至る二〇六号車の道筋が水迫証言のとおりと認められることは前記認定のとおりであり(なお、この点につき、原告本人は、別紙三図面のとおり、鴨池新町方面交差点付近で停止していた白色の普通乗用自動車とすれちがったのみであるとの供述をするが、同車が二〇六号車とすれば、同車が転回してもその後に南国建機サービス鹿児島工場横付近で追い付くことはないと解される。)、その後の原付自転車に対する追尾と追い付いた地点の距離関係等からすれば、両車の本件交差点への進入状況等は、右水迫証言等のとおりと認めるのが相当である。

また、水迫らは、直ちに原告を逮捕したものではなく、所属の捜査第一課の田中警部補らに連絡してその指示を仰ぎ、さらに所轄南署の山下巡査を介して同署の福留警部の了解を得た上で、逮捕の手続きに移っており、原告主張のように虚偽の信号無視の事実を作出したとすれば、かかる多数の者の関与による慎重な手続きがとられるはずはなく、この点でも水迫証言等は、措信することができるといわねばならない。

(二)  原告本人は、本件交差点までの進行は、別紙三図面のとおりであって、鴨池新町方面交差点付近で停止していた白色の普通乗用自動車とすれちがったのみであるとの供述をするが、同車が二〇六号車とすれば、同車が転回してもその後に南国建機サービス鹿児島工場横付近で追い付くことは困難と解される上、もともと、原告が警察官らの追尾を受けていたとすれば、同車に対しても警戒したはずのところ、原告は、そのまま漫然と進行したことになるのであって、原告のこの点の供述等も、採用し難いといわねばならない。

(三)  原告は、捜査報告書等の記載の過誤、訂正等を指摘し、これをもって水迫らの証言等が真実に基づくものではないことの証左であるとの主張をし、乙ロ一、四、五、一四、一五と水迫、米澤、坂口各証言によれば、現行犯人逮捕手続書(乙ロ一)及び水迫、米澤作成名義の捜査報告(乙ロ四)中の二〇六号車の進行速度に関する時速三〇キロメートルの記載が一五キロメートルに訂正され、実況見分調書(乙ロ五)中の水迫らが転回した後、現認した原付自転車の位置、距離等及び添付図面の鶴ケ崎橋交差点付近の状況については、坂口巡査部長ほか一名作成の平成四年一一月六日付け道路交通法違反被疑事件捜査報告(乙ロ一四)をもって、また、右水迫ら作成の捜査報告(乙ロ四)添付の見取図の一部が水迫、米澤作成名義の平成四年一一月六日付け道路交通法違反被疑事件捜査報告(乙ロ一五)をもって、それぞれ訂正されていることが認められる。

しかし、右見取図等の訂正の経緯については、水迫、坂口各証言によれば、現場見取図の道路形態図の作成にあたっては、保管のステレオカメラにより作成した道路見取図を複写して作成することになっているところ、その際に本件では、新栄町方面と鴨池新町方面を逆に複写し、これに気づかずに添付したことによることが認められるから、単に作成上の過誤にすぎないというべきであるし、二〇六号車の速度の訂正等も右水迫、坂口各証言と弁論の全趣旨によれば.本件訴訟提起後にやや合理性を欠く距離や位置関係を訂正したことが認められ、もともと、指示された各車の位置、速度等は、走行する原付自転車と二〇六号車に対する警察官らの認識の概要というべきであり、確実なものとはいえないことに照らすと、これらの訂正をもって現認状況に関する水迫証言等が信用できないとはいえない。

なお、原告本人の水迫らの警察官とのやりとりの状況についての供述等を水迫証言等のそれと比較し、検討しても、発言者らの言い回しについて違いなどはあるものの、水迫らが原付自転車に停止を求めて原告に運転免許証の提示を求めたのに、原告がこれを拒絶したので、水迫において上司らの指示を受けるべく現場を離れたりしたこと、途中からは野次馬とみられる者らも集まり始めていたこと、原告において運転免許証を提示する旨を述べたのに逮捕の手続が中止されなかったことなどの逮捕前後の経緯の概要は、ほぼ一致しているのであるから、この点からも右水迫証言等は、信用することができるといわねばならない。

(四)  以上のとおりであって、原告は、前記認定の道路交通法違反(信号無視)を犯したものと認められるのであるから、これが存在しない旨の原告の主張は、採用することができない。

3  原告に対する逮捕の必要性の有無について

(一)  右1のとおり、原告には道路交通法違反(信号無視)の事実が存し、警察官らがこれを現認し、追尾して停止させ、逮捕したものであるところ、刑事訴訟法二一三条は「現行犯人は、何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と定めているのであるから、水迫らは、原告を逮捕状なくして逮捕することができるのであって、原告に対する現行犯人としての逮捕の措置には、その要件に欠ける所はなかったということができる。

もっとも、現行犯人の逮捕についてその必要性が逮捕の要件となるか否かは説が分かれるところ、刑事訴訟法上、通常逮捕、緊急逮捕においては逮捕の要件が定められている(同法一四三条の三)のと異なり、特にその必要性に関する規定はなく、これは現行犯においては犯罪を行ったことが明白であり、原則として逃亡等のおそれの存在も肯定されるものとして除外されたと解されるから、少なくとも現行犯逮捕においての必要性は、通常逮捕等と異なり、緩やかに解されるべきものということができる。もっとも、同法二一七条は「三〇万円以下の罰金、拘留又は科料にあたる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡する虞がある場合に限り、二一三条及び前条の規定による」として、現行犯であっても極めて軽微な事件については、住居、氏名が明確ではないなどの一定の場合に逮捕できるとし、国家公安委員会規則第二号犯罪捜査規範二一六条は「交通法令違反事件の捜査を行うに当たっては、事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない。」旨の現行犯人としての逮捕についても注意規定を設けているが、原告の信号無視については、道路交通法一一九条一項一号の二により、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金(過失による違反は一〇万円の罰金)が法定刑として定められ、原告による信号無視が過失によることは明らかとはいえなかったのであるから、右刑事訴訟法二一七条の制限を受けることはなく、また、原告は、被疑事実を否認し、三〇分以上にわたって運転免許証の提示を求められたのにかかわらず、これを拒否し、水迫らにおいて原告の住居、氏名も明らかではなかったのであるから、原告に対し、逮捕の措置が取られたのは、当然であって、何ら違法はないというほかはない。

なお、交通反則制度は、交通事件の大量処理等の特殊性に鑑み、交通切符を切ることにより処理するものである(道路交通法一二六条、一三〇条)が、居所、氏名が明らかではないときや逃亡するおそれのあるときは、同制度は、適用できず、刑事事件として処理することになるのであり、原告は被疑事実を否認し、反則金を納付する意思がなかったと推定されるから、同切符の制度の告知をしなかったことが逮捕を違法ならしめるとはいえない。

(二)  原告は、逮捕前に運転免許証を提示した旨の主張をするが、前記のとおり、逮捕する旨を告げられてから後の弁解にすぎない。停止させられてから逮捕までは、約三〇分を経過しており、この間、原告は、道路交通法九五条一項は、運転者に対し、免許証携帯の義務を定めているのに、警察官らの運転免許証提示の説得にも応じなかったのであるから、押収し、確認した運転免許証の記載をもって直ちに原告の氏名、住居が間違いのないものとして明らかになつたとはいえないから、原告による右対応が逮捕の正当性を否定する事情と認めることはできない。

また、原告において原付自転車のエンジンを切ったのがいつの時点であったかは、必ずしも明らかではないが、証人水迫、同米澤の証言によれば、説得に当った警察官らにおいて原告に対し、終始、エンジンを切るように求めていたことが認められるのであるから、原告がエンジンを切ったのも、逮捕直前ころであったというべく、この点の原告の主張も採用することができない。

三  逮捕後、勾留までの留置、取調べは、違法であるか否か。

1  南署における取調べについて

(一)  司法警察員が現行犯逮捕した被疑者を受け取ったときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちに釈放し、留置の必要があると思料するときは逮捕から四八時間以内に証拠物とともに警察官にその身柄を送致すべきである(刑事訴訟法二一六条、二〇三条一項)が、この留置の必要とは、犯罪事実の嫌疑のほか、逃亡または罪証隠滅のおそれが存し、これを防止するため、身柄拘束を継続する必要があることをいうと解され、それまでに収集された証拠資料の程度や被疑者の供述内容、供述態度のほか、その家族関係や生活状況、前科前歴の有無等のより広範な資料を総合して判断すべきものと解される。

(二)  これを原告に対する留置継続の必要性の有無の観点から検討しても、押収された運転免許証には特に偽造と疑われる点はなかった(水迫証言)のであるから、その添附写真との照合により、原告の氏名は、「早水潤二」であることの一応の確認がされたといえるものの、被疑者の特定は、右運転免許証の写真との照合のみであり、原告自信は、その氏名も黙秘し、調書等への指印もせず、電話連絡先への架電等によっても、原告がいわゆる活動家であることが推認されたものの、町田弁護士らも原告の氏名、身元等を明らかにする資料を提供することができなかったのであるから、被疑者名を「早水潤二」に間違いないと断定できる状況にあったとはいえない。

さらに、住居は、生活の基盤であり、これが明らかであることは本人に逃亡の意思がないことを推認させる事情と評価できるものであり、運転免許証には住所が記載されることとされ(道路交通法九三条一項四号)、その変更があったときは届出が義務付けられている(同法九四条一項)ところ、原告は、右運転免許証記載の住所にはほとんど帰宅しないことが明らかとなった上(なお、甲一三によれば、原告の住民票は、鹿児島見坊津町になっていたことが認められる。)、弁解録取の際の連絡先への架電によっても、住所等は明らかとならなかったのであるから、身柄留置の必要性は存したというほかはない。

(三)  また、原告に犯罪の嫌疑のあることは明らかに認められる上、現認したのは、警察官らであるから、この供述が覆えることはないといえるものの、原告は、否認ないし黙秘しており、被疑事実について原告からその裏付けとなる資料を得ることは、全く期待できなかったのであるから、実況見分等により現認した警察官らの言い分を確実なものとする作業は必須であったということができ、この点からも身柄確保の必要性が存したということができる。

2  送検後の取調べと身柄留置について

(一)  送検後、清水検察官の指示によりされた福田警部らを介しての両親の面通しにより、逮捕された被疑者が原告であることの確認がされ、被疑者が「早水潤二」であることに間違いがないとの確認がされ、山下検察事務官の調査により原告が鹿児島大学に在籍する自治会活動家であることが明らかになったと認められ、捜査報告書、実況見分調書等により被疑事実は、一応立証が可能となったということができる。また、原告の生活状況などについてみても、〔証拠略〕によれば、母敏子は、右坂口巡査部長に対し、原告は右有村ビルの三階に部屋を借りている旨の供述をし、同ビル宛に原告の仕送り送金をしていたこと、原告は在籍する鹿児島大学には住所を右ビルとして届け出ていたことが認められるから、前記右坂口巡査部長らの事情聴取に際し、有村ビルの所在地番等を伝えることはできなかったものの、正確な地番等は、知っていたと認められる。

しかし、原告が右有村ビルを真実、生活の本拠としていたかについては、その裏付けの資料はない。要は、原告の生活の実体が解明されているか否かというべきところ、この点について乙ロ一七(原告の父實俊の福田警部に対する供述調書)を検討しても、山田町には原告の姉達が居住しているが、同女らも原告のはっきりした住所は、知らないと思う旨の供述をしており、実姉らも原告の住所を知らないことは、その生活を把握していないことを示すものである上、証人敏子も、その後も同ビルの原告の居室を訪れたことはない旨の証言をするのであるから、原告の生活の実体を把握していたとはいえず、捜査官憲においても原告の住所は不明であったというほかはない。

なお、〔証拠略〕には、平成三年三月ころ、右有村ビルを管轄する派出所の警察官が同ビルに来訪して、住民用台帳に原告居住の事実を記載したから、警察官らは、原告が同所に居住していることを知っていたはずである旨の記載部分があるが、かかる調査等をもってすべて警察官らが事実を知り得たとはいえず、また、同陳述書においても同室の借主は、原告ではなく、友人名義によるものであったというのであるから、原告が真実、同室に居住していたといえるかは、明らかではなかったというべきである。また、〔証拠略〕中、前記認定、判断に反する部分は、〔証拠略〕に照らして措信することができない。

(二)  原告は、永見弁護士や父實俊が身柄引受けをしていたのであるから、逃亡のおそれが消滅した旨の主張をし、永見弁護士や父實俊が清水検察官や福田警部に対し、身柄引受けの意向のあることを示していたことは、前記認定のとおりである。

しかし、身柄引受けは、出頭の確保と身柄の確保等を図るために合理性を有する身柄引受書であってはじめてその担保となるといえるところ、甲一二と証人永見寿実の証言によれば、同弁護士は、全日本学生自治会総連合の救援対策本部からの連を受けた町田弁護士からの依頼によって原告の弁護人となるべく南署を訪れて原告と接見し、清水検察官らに引受けの意思がある旨を表示していたことが認められるが、前記原告の母敏子や父實俊の把握状況と永見証言から認められる接見に至る経過等を検討しても、同弁護士が原告の両親らよりも原告の生活状況等を把握していたとは考えられない。同弁護士の清水検察官らとの面会は、同僚の弁護士らとともに主として釈放を求める抗議行動であったと推認され、身柄引受けも原告の裁判への出頭や居所について具体性を伴うものではなかったと解される。また、父實俊に身柄引受けの意思があっても、同人が原告を監督できる状況になかったことは、前記認定の事実から明らかと言うべきであるから、右身柄引受けなどが留置の必要性を消滅させる旨の原告の主張は、採用することができない。

(三)  以上のとおりであるから、送検後の取調べと身柄の確保等に違法な点はないというべきである。

四  勾留の請求と勾留状の発付、その後の取調べなどは、勾留の理由がないのにされた違法なものか否か。

1  勾留請求について

被疑者の勾留は、逮捕を経た後、その逃亡、証拠の隠滅を防止して捜査の目的を達成し、起訴後の公判の遂行と刑の執行を確保するために認められるものである。したがって、軽微な犯罪であって、起訴猶予処分に終わることが明らかであるときは、勾留は認められないというべきであるが、原告の道路交通法違反(信号無視)には、前記のとおり罰金刑のみならず、懲役刑も定められており、原告は、清水検察官に対する弁解録取に対しても被疑事実を黙秘しているのであるから、起訴価値がないとの判断は容易にはなし難いといわねばならないところである。

一般に被疑者を監督できる者の身柄引受けによって、罪証隠滅、逃亡のおそれが消滅するものとして釈放することはあり得るものの、前記のとおり、原告の具体的な生活の状況は、不明であり、永見弁護士や原告の両親によってもその点が明らかにされることはなく、原告は被疑事実を黙秘したままであり、収集された資料等も原告に有利に解される状況にあったとはいえなかったのであるから、起訴するか否か、また起訴した場合の公判維持の資料の有無を検討すべく、清水検察官が別紙四勾留請求の理由書をもって勾留の請求をしたことが違法とはいえない。

2  勾留理由の有無の判断の相当性について

(一)  刑事訴訟法六〇条一項一号は、「定まった住居を有しないとき」を勾留の要件として定めているが、住居が定まっていないときは、釈放すると所在が不明となり、将来の公判への出頭を確保することが困難となるおそれが定型的に大であるために、そのことだけで身柄保全の必要性があると認めたことによるものである。そして、これを黙秘との関連で検討しても、被疑者の住居等の黙秘にもかかわらず、一件資料から客観的に被疑者の住居等が確定できる場合には、同号に該当しないというべきであり、確かに、両親により原告本人であることの確認がされ、母敏子は、有村ビルに移った趣旨の供述をしていたのであるから、少なくとも原告は同ビルを居所としていたとみることも可能であったといわねばならない。しかし、被疑者自身が肯定しない場合は、他の第三者からみても明確に生活の本拠等と認められる場所を認定すべきであるところ、原告が右有村ビルを否定すれば、直ちに不明同様となることを考えると、かかる判断にも躊躇するものがある。もとより定まった住居を有しないことは、釈放されても連絡をとることができず、出頭の確保ができないことから逃亡するおそれにつながるといえるのであるが、住居が捜査官憲に対して明確でなければ、同旨に解するほかはないというべきである。

したがって、前記一木裁判官の刑事訴訟法六〇条一項一号該当の事由があるとの判断が誤りであると即断することはできない。

(二)  同条一項二号該当事由の有無を検討しても、勾留の請求がされた当時には、現行犯人逮捕手続書や実況見分調書等の犯罪立証可能の証拠書類が作成され、現認した警察官らにおいては、その供述等を覆すことはない状況にあったということができる。

しかし、勾留質問の際には、原告は、否認していたのであるから、さらにその弁解の合理性の有無が検討されねばならず、これを捜査官憲側からみてもさらに公判維持を確実とする資料の収集に迫られたものということができる。しかして、本件における信号無視は、警察官らが現認したというのであるから、その供述の真実であることを確保する事情聴取も考えられる上、原告は信号が青色表示であったと主張することになるのであるから、これに備えて本件交差点までの進行経路や速度、経路上の信号機の表示等も確認する必要があり、これを同号相当事由の有無の観点からみれば、別異の経路の主張や目撃者の存在を作出する可能性があるということができる。

したがって、証拠隠滅のおそれがないとはいえず、この点についての刑事訴訟法六〇条一項二号該当の事由があるとの一木裁判官の判断は、間違いとはいえない。

(三)  さらに、同条一項三号の事由の有無を検討しても、本件は、信号無視であって、一般には軽微な犯罪であり、交通犯則事件として処理されているものの、原告は、黙秘ないし否認を続けており、前記のとおり、生活の本拠と認められる住居等は、不明であったこと、両親らも生活の実態を把握していたとはいえないことなどを総合すると、同号相当事由があり、勾留の必要性もあるとの判断が令状主義を逸脱し、合理性を欠くものと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、勾留請求、勾留の判断の違法の主張は、採用することができない。

五  以上のとおりであって、原告に対する逮捕、勾留には、法の逸脱はなく、警察官、検察官、裁判官に合理性を欠く過誤があったとはいえないから、これらの違法を前提としての原告の本訴請求は、その前提を欠くというべきであり、認めることができない。

第六 結論

よって原告の本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九状を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 檜皮高弘 中平健)

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